大川、隅田川は日本のミシシッピー川だ

ミシシッピはインディアンの部族であるオジブウェ族の言葉で「大きな川」を意味するそうだ。
ミシシッピ川 (Mississippi River) は、北アメリカを流れる川。ミネソタ州を源流とし、メキシコ湾へ注ぐ。全長3,779kmで、世界三大河川の一つに数えられている。アメリカ合衆国で一番長い。アメリカで大きな川がミシシッピ川であれば、日本で大川と呼ばれていたのは、隅田川だ。

江戸時代、隅田川を船で上り、浅草・吉原へ遊びにいくのが通人であったそうだ。隅田川をのぼり浅草まで出かけよう。

浅草橋駅から江戸通りを南へ少しいくと、神田川にかかる浅草橋がある。
浅草橋から見た柳橋。
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神田川沿いに東にすすめば柳橋がある。ここからは、隅田川の舟遊びの屋形船や、吉原に通うための小船を仕立てた船宿が軒を連ねていた。江戸後期からは、高級料亭や花町として発展し、新橋と同様栄えたそうだ。でも、今は数軒の料亭がその名残をとどめているだけだ。

柳橋には、花町の名残だろうか、橋の欄干にかんざしがレリーフされている。
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落語、「船徳フナトク」によれば

遊びすぎて勘当された「若旦那の徳さん」が船宿の二階で居候している。
柳橋の大升に二人の客が来るが船頭が居ないと断るが、柱に持たれて居眠りをする徳を見付け、約束の時間まで返すからと強引に頼み、本人も「こないだのように、舟をひっくり返しませんので」と行きたがるので、女将は心ならずとも引き受ける。

やっと漕ぎ出して大川に出るが3度グルグル回って、櫓に変わる。
「太った旦那!もっとこっちへ寄って下さい。舵が取りにくい」・・・
土手の上に向かって
「竹屋のおじさ~ん、これから大桟橋まで送っていきますから」
「徳さん一人か~い。だいじょぶか~い」。
連れの客がたまらず「おい、俺はここで上げて貰いたい」
「だいじょーぶだよ!」「このまえ子供を連れた女の人を落としたものだから、心配してくれているのです」。

舟は石垣によって行き、石垣に張り付いてしまう。コウモリ傘で石垣を突くが傘が刺さったまま舟は出てしまう。「二度と戻れません」。
「舟は揺れるね~」「それより流されているよ!」
「へい!暑くて汗が目に入って前が見えません。舟が来たら避けて下さい」。
やっとの事で近くまで来たが、真っ青になってへたり込んでしまった。
「若い衆!アト一息だよ」。
桟橋まで着かないので、止む終えず浅くなった河の中を歩くことにし、相棒をオブって岸にやっと上がる。

振り返ったお客が「だいじょ~ぶかぃ、しっかりおしぃ」
「お客さん、お上がりになりましたら、船頭を一人雇って下さい」。


やっぱり船には乗れないので、私は自転車で浅草まで通人気取りででかけよう。

両国橋から見た柳橋
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柳橋から南の靖国通りに出るとすぐ、左手の隅田川にかかるのが両国橋だ。
はじめは大橋と呼ばれていたが、両国橋が公称となった。両国とは、隅田川を境とする西の武蔵ムサシ国と、東の下総シモウサ国にまたがってかかる橋の意味だそうだ。
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両国にまつわる落語では、「たがや」がある。

両国橋の上は花火見物の人でいっぱい。そこへ本所の方から馬上ゆたかに塗り笠の侍。供の侍二人と槍持ちが一人で、花火見物承知で無粋にも橋を渡り始めた。
反対の両国広小路の方からやって来た”たが屋”さん。道具箱と青竹の”たが”を丸めて担いでいたが、人々に押されながら橋の中央まで来たがたまらず落としてしまうと、青竹のたががスルスルと伸びて馬上の殿様の陣笠を跳ね飛ばしてしまう。笠は川の中に落ちて、陣笠の中の土瓶敷きの様なものが残って、鼻から血を出しているので、回りの者が「ケポッ」と笑ったので、殿様カンカンに怒った。「無礼者なおれ!。屋敷に来い!」、「お屋敷に行ったら首が無いので、親に免じて許して欲しい。」。何度も謝って許しを請うが「ならん!」の一言。

たが屋さんけつをまくって、殿様に粋のいい啖呵で毒づく。殿様、我慢が出来ず、供侍に「切り捨て~ぃ」。ガサガサの赤鰯(サビだらけの刀)で斬りつけるが喧嘩慣れしたたが屋さんに、反対に切り捨てられてしまう。次の侍は出来るが、これもたが屋が幸いにも切り捨ててしまう。殿様槍をしごいて、たが屋に向かうが、せんだんを切り落とされ、たが屋の踏み込むのが早く、殿様の首を「スパッ」。中天高く上がった首に花火見物の人々が「たがや~」。


なんとも陰惨な話だが、当時抑圧されてた人間のうっぷん晴らしの話となっている。
今でも、隅田川の花火は人でいっぱいだ。

隅田川には、総武線隅田川橋梁キョウリョウ越しに蔵前橋が見える。
江戸通りをこえて蔵前橋に向かう。橋のたもとに近い左側には浅草御蔵跡の碑がたてられている。江戸通りの東側、隅田川までの一帯が江戸幕府の米蔵であり、年貢米がここに貯蔵されていたそうだ。

蔵前橋と欄干にある「首尾の松と屋形船と芸者」の透かし彫り
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落語の「欠伸指南アクビシナン」によれば

昔はいろいろ変わった商売があった。猫の蚤取りとか耳掃除だとかあった。稽古所なども盛んに開かれていた。釣り指南所と言って、部屋の中で教えたり、ケンカ指南所などもあった。

裏の若い衆が新しい稽古を始めたいから、一緒に来てくれと友達に頼み込んで”欠伸指南所”を訪れた。欠伸指南の教えを請うと、心やすく入門を許された。友達を入り口に待たせ、指南が始まった。
「下地はありますか」と、問われたが「欠伸に下地があるとは思わなかった。どっちにしても、あの『あ~あぁ』と言うヤツでしょ」、「いえいえ、その様な”駄欠伸”とは違います」、「”駄欠伸”・・?」。
「ごく、実のある欠伸の中から、”四季の欠伸”から始めるのが、初心者には良いでしょう。秋の欠伸は名月を眺めていたら欠伸が出てきた。冬の欠伸は炬燵から顔を出した猫が、つっぱらかって欠伸をしているところを見ていて、つられて欠伸が出てしまうという。これらは難しいので、後でするとして、今回は夏の欠伸を稽古しましょう」、「『夏だから、ぽかぽかっときて、欠伸が出る』、というヤツですか」、「それも駄欠伸ですからやりません」。
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「場所は隅田川の首尾の松辺りで、もやった船で船頭と二人っきり。タバコに火を付けて、身体が揺れるような揺れないような、『船頭さん、船をうわてにやっておくれ、船から上がって一杯やって、晩には中に行って、新造でも買って粋な遊びでもしましょうか。船も良いが一日船に乗っていると・・・、退屈で・・・タイクツで・・・あぁ~~あ・・・ならない』とな」。「上手いもんだな」、「では、私について、覚えてください」。
タバコを師匠から借りて、一服どころか充分堪能してから始めたが、大旦那風情どころか、職人風の”べらんめぇ”で感じが出ない。吉原に上がって浮いた話になったり、欠伸をかみ殺せなくて、「ハクシッ」とクシャミをしてしまったり様にならない。

それを見ていた友人が「何を馬鹿な事をやってるんだ。習う方も習う方だが、教える野郎もナンだよ。お前らは良いよ、こっちの身になって見ろよ・・・。退屈で・・・、タイクツで・・・、あぁ~~あ・・・ならない」。「お連れさんの方が上手だ!」。


蔵前橋には、「蔵前駕籠」という落語がある。

時は慶応4年、春はまだ浅き頃。所は蔵前通り厩橋橋詰め、榧寺そば。主役は遊び好きで突っ張っている江戸っ子。敵役は維新地に落ちた侍達。そして脇役は、客を乗せるのが商売なのに、自分も悪のりする駕籠屋。

千字寄席さん、「蔵前駕籠」によると、
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2004/11/post_25.html

維新間際。幕末の世情が混乱している頃。江戸のすさんだ世情も落語にかかればこうかわってしまう。

蔵前橋から見た厩橋
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厩橋と厩橋にある馬のレリーフ

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落語「巌流島ガンリュウジマ」によれば

隅田川を渡るのには橋があったが、両国橋と吾妻橋の間に”御厩の渡し”が有った。ここは武家や侍達の便宜のために、お客は武家優先で運行されていた。

この日も、若侍が人品には不釣り合いな吟味されたキセルを、くゆらせながらタバコを楽しんでいた。キセルを船の木端口に叩いてなん口目かに、雁首だけがスッポと外れて川の中に落ちてしまった。
「船頭、船を止めろ!」、「小さいので見つけるのは無理です」、「うウ~ゥ」とよほど大事にしていて、悔しかったと見え、川面と雁首のないキセルを見つめていた。
そこにクズ屋さんが現れて「残念でしたね。直すとすると足元を見られますし、新しく求めてもお高くなるので、その残ったキセルを私に払い下げてください」と、申し出た。「無礼者!その方の雁首とキセルの雁首を取り替えてやる ワッ!」

クズ屋さんが平身低頭謝ったが、怒りは静まらなかった。船中険悪なムードになったが、そこにご老体の御武家さん。
「町人の首を打ったとて何も得になる事もない。許してやってください。」と仲人をかって出た。「そこまで申すなら、クズ屋に成り替わってお手合わせしろ!」、「意に反するが、そこまで言うなら、船を戻させそこで手合わせをしよう」。と言う事で、船を元の岸に戻させた。船中では、老人が勝つか、若者が勝つか話題沸騰。

岸に船が着こうとすると、若侍が待ちきれず船縁を蹴って桟橋に。船は反動で逆戻り。すかさず老体の御武家さん槍を桟橋に押しつけて「船頭、何をしている。早く船を出せ」 。船は若侍を残して川中に・・・。「卑怯者~!」土手の柳の下で怒鳴る若侍。戦わずして勝ったご老体に船中大喜び。

泣くクズ屋と船中勝ち戦の中で沸いて、取り残された若侍に言いたい放題の罵声を浴びせていた。そのうち、何を思ったか、若侍は裸になって、刀をくわえ川の中に飛び込んだ。船中の客は穏やかではなくなってきた。船縁に穴をあけて沈められるかも知れない、と不安が広がってきた。

そこに、船の脇にぽかりと浮かび上がってきた若侍。老体の御武家さん、慌てず騒がず槍をピタリと若侍に合わせて、「遺恨があって、船底に穴でも開けに来たのかッ」、
「いや、雁首を探しに来ただけだ」。


厩橋から見た駒形橋
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駒形堂と駒形橋
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駒形橋から見た吾妻橋
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大川、いや隅田川には落語の話が多い。それもどちらかといえば、反骨精神旺盛な庶民の話だ。やっと浅草に着いた。浅草に着けば、なぜ大川がミシシッピー川であるのかがわかる。ミシシッピ川の堆積上に位置するのがニューオーリンズであり、浅草は隅田川の堆積土でできた、まさに日本のニューオーリンズであるからだ。

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