汽笛一声新橋を ジャズの音色を友として

「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として」
1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した『鉄道唱歌』ではこう歌われた。

今日は、同じフロアで仕事をする先輩が所属するジャズバンドのコンサートが新橋である。久しぶりのジャズのライブは楽しみだ。その前に少し新橋あたりを散策してみよう。

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江戸時代初期には、JR新橋駅の東側はアシの生い茂る海辺であったそうだ。埋め立てが行われ、溜池から海に通じる水路が江戸城の外堀となった。この近くにあった土橋に堰セキを設け、潮の干満が入ってくるのを防いだことから汐留という地名になったそうだ。

1870(明治3)年、汐留の一角に鉄道建設のための最初の測量杭が打ち込まれ、1872年に新橋・横浜間にわが国初の鉄道が開通している。
ここは、新橋停車場として東京の玄関となり、日本の近代化の象徴となった場所なのだ。

現在の新橋駅は、山手線が1909年に延長されたとき烏森カラスモリ駅として開業し、1914(大正3)年の東京駅開業後は、路線の付け替えの際新橋駅と改称され、旧新橋駅は貨物専用の汐留駅となり、物流拠点として日本の経済発展をささえたそうだ。

1986(昭和61)年、汐留駅は国鉄民営化に伴い廃止され、今は東京テレポートゆりかもめが有明までつながっている。

跡地の再開発工事(汐シオサイト)に先だって埋蔵文化財調査が1991(平成3)年から行われた時に、旧新橋停車場駅舎とプラットホームなど構内の遺構の礎石が発掘され、1996年に「旧新橋停車場跡」として国史跡の指定を受けた。現在、駅舎が復元され、鉄道歴史展示室が開館している。
http://www.date-navi.com/shiodome/teisyazyou.html

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JR新橋駅に戻り、新橋駅西口、ニュー新橋ビル西側2本目の小路を入ると、烏森カラスモリ神社がある。平安中期、平将門の乱を平定した藤原秀郷ヒデサトが、「神烏カミガラスが群れをなす土地が霊地だ」とのお告げを夢で聞き、カラスの群がるこの森に戦勝を祈願して勧請したと伝えられている。

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平将門に勝ったのは、そのおかげであるかもしれないが、今はパチンコ屋の裏で、小さな飲み屋が群集している新橋の裏側になっている。地図にはあるが見つけるのはなかなか難しい。

烏森通りを西に進むと、日比谷通りにでる。ここを左折した新橋4丁目交差点の左手前に、浅野内匠頭アサノタクミノカミ終焉の地の碑(都旧跡)がたっている。
と、図書館で借りた「東京都の歴史散歩山手編」に書いてあったが見つからない。

日曜日、フジテレビで、「ザ・ノンフィクション たそがれ忠臣蔵」をしていた。
新橋4丁目交差点の左手前に、浅野内匠頭アサノタクミノカミ終焉の地の碑(都旧跡)が映っていた。でも私が見つけたのは、田村右京太夫の屋敷にあったとされる田村銀杏稲荷明神のみだった。

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1701(元禄14)年3月14日。江戸城松之廊下で高家コウケ吉良上野介キラコウズケノスケ義央ヨシナカに刃傷におよんだ浅野内匠頭長矩ナガノリは、ここ一関藩イチノセキハン田村右京太夫の屋敷に預かりの身となり、即日切腹を命じられた。
辞世の句は 「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」

12月のこのころになると、必ずどこかで忠臣蔵のテレビ番組が放映されるが、20歳代の100人にアンケートをとると、大石内蔵助クラノスケをまともに読める人は、100人中17人。私も同じようなものだが、ほとんどがオオイシ・ナイゾウスケと読むそうだ。
死を賭して主君の無念をはらそうというストーリー。大石内蔵助は、戦前・戦中は教科書に登場していた。主君への忠義を国家への忠義と読み替えて、いわば思想教育の材料とされたのだ。これが終戦末期には特攻隊を生む思想にもつながったのかも知れない。
GHQの占領下、アメリカはあだ討ちの考えを恐れ、芝居や映画を封印した。占領軍はもうあだ討ちはできない心情に日本があることを見切って、忠臣蔵の封印を解いたそうだ。

忠臣蔵は物語としては、いろいろ変節していっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%A0%E8%87%A3%E8%94%B5
江戸時代・元禄14年2月4日(西暦1701年3月3日)、に江戸城内の松の廊下で赤穂藩藩主・浅野長矩ナガノリが高家・吉良義央ヨシナカに切りつけた刃傷沙汰に端を発する。松の廊下事件については、加害者とされた浅野は切腹となり、被害者とされた吉良はおとがめなしとされた。その結果を不満とする大石内蔵助をはじめとする赤穂藩の旧藩士47人(赤穂浪士、所謂"赤穂四十七士")による、元禄15年12月14日(西暦1703年1月30日)の本所・吉良邸への討ち入り及びその後の浪士たちの切腹までを題材にとった物語の総称として使われている。

仮名は全部で47文字ある。それとのシャレで仮名手本忠臣蔵というのかどうかわからない。「仮名手本忠臣蔵」物語としてはいいが、史実とすればなぜ、松の廊下で赤穂藩藩主・浅野長矩ナガノリが高家・吉良義央ヨシナカに切りつけた刃傷沙汰がおきたのかの理由が解らなければ、意味が不明だ。日本人の心を写すという忠臣蔵。しかし、若者に聞くと大石内蔵助を知らない人も多い。それも無理が無いと思う。

日比谷通を東京慈恵医大のある方にまで歩くと、愛宕山がある。
愛宕山に登るわき道があり、山上にまで登れば愛宕神社があった。愛宕山は標高26mという小さな山だが、江戸時代には眺望随一であったそうだ。

徳川家康が征夷大将軍に任じられた1603年、ここに神社を創建した。祭神は、火産霊命ホムスビノミコトなどで、火伏ヒブせの神信仰は、京都鎮護に任じた山城の愛宕神に由来しているそうだ。

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前にあるこじんまりとした庭園は、小船が浮かぶ池もあり綺麗だった。

山上には、桜田烈士愛宕山遺蹟ユイセキ碑がある。1860(万延元)年3月3日早朝、水戸脱藩士ら18人がこの山上に集合し、桜田門外で大老井伊直弼イイナオスケをおそい殺害した(桜田門外の変)。また1868(慶応4)年、官軍による江戸城総攻撃の直前に、勝海舟は西郷隆盛をこの山上に誘い、眼下にみえる江戸の町をさし示し、兵火で焼くことのむなしさを説き、無血開城を実現したという。今は26mの愛宕山より高いビルが多い。江戸の町を一望することはできない。

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愛宕神社の南には、ラジオ放送開始30周年を記念して開館した、1956(昭和31)年NHK放送博物館がある。1925(大正14)年に本放送を開始したJOAK愛宕山放送局跡地にたてられたそうだ。放送機器・放送原稿・文献などが展示され、ラジオ・テレビの歴史を語っている。連続テレビ小説「ちりとてちん」のパンフレットのみもらってきた。小浜の女流落語家の話だ。
http://www.nhk.or.jp/museum/index.html

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出演する人、以外の会社の先輩と4時30分にライブ会場前で待ち合わせ。
その前に立ち食いうどんで腹を少しふくらませておこう。
JR新橋駅烏森出口から徒歩10分のところにある「新橋Sameday」
http://someday.net/index2.html

先輩と合流すると、既に人がならんでいる。地下の店内は総席数で約160席ぐらい。先輩が所属するビックバンドは約20名。なかなかチケットが手に入らないと事前に先輩は言っていたが、当然だ。その先輩はメンバー内では「校長」と呼ばれていることをパンフレットで初めて知った。いくら校長でも、一人が8枚のチケットとしてもそれで席は一杯になる。月曜日から私もその人を、会社で「校長」と呼ばせていただこう。立見がでるぐらい盛況だった。

5時30分から、演奏が始まる。3-Stageで8時過ぎに終了。20人近くが一斉に演奏すれば迫力がある。金曜日インフルエンザワクチンの接種をしてから、なんとなく体がだるかったが、リズムに乗せて体調も良くなってきた。

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時間に遅れたベーシスト。コルクの湿りが悪かったトランペットのミュート。飛んでしまったギターの譜面。
でもそんなの関係ない。バンドの名前は「Liberty of Music」つまり音楽は自由だ!!
奏者はそれぞれ楽しそうだ。迫力も十分。チックコリアの難曲Spainまで登場した。トランペットの音色はなかなかのものだ。

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Liberty of Music
http://blog.livedoor.jp/lom/

初めてお逢いする人があと二人加わり、その後、新橋駅近くの居酒屋で仕上げをして帰った。初めてなのに知っている人の共通項もある。世間はやっぱり狭いものだ。
明日は私もジャズピアノの教則本ひろげよう。今日イメージトレーニングはできた。
Moanin' Art Blakey The Jazz Messengers の代表作。マイナーとメジャーが交錯するが、Fのブルーノートだけでさまになる。ただ私はまだテーマだけの練習だ。残念。

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この記事へのコメント

yjiumhdsml
2014年07月15日 06:56
pmfhlublfpof1235, zsjnvqpuka

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