大森海岸 鯨と貝塚と縄文人

浅草橋から地下鉄浅草線を使い大門で降りる。浜松町駅から東京モノレールで約10分。三つ目の駅が流通センター駅だ。駅周辺は巨大なビルが建ち並ぶ殺風景な場所だ。

京浜運河に架かる大和大橋を渡ると、左側に公園の緑と運河沿いの道がある。大井ふ頭中央海浜公園だ。水と緑の公園を歩いてみよう。

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東京港南部地区海上公園について
http://www.tokyobaypark.net/index.html
大井ふ頭中央海浜公園は、人工海浜が1kmも続く公園だ。野球場やテニスコート、スポーツ広場などがあるスポーツの森と、釣りやバードウォッチングなどが楽しめるなぎさの森がある。

海の中では、海面から飛び跳ねている魚がいた。飛び魚がいるのだろうか。

「とおくが見たい像」のあるあたりでは、バーベキューをしてもいい場所があり、大空の下、グループで囲むコンロは美味しそうだった。

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水辺と芝生。上半身裸で日光浴をする若い男。釣りをする人たち。ベンチで寝転がってる中年男性。水辺で語り合うカップル。右手には運河、左手には林が広がる。

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森の中にいるような夕焼け橋を通ると、管理事務所がある。事務所には望遠鏡と野鳥図鑑が置かれている。事務所の横に「入園9:30~16:00」の看板があり、自然観察路がつづいている。山歩きをしているような土と葉でおおわれた道を歩くと野鳥観察小屋がある。小窓には望遠鏡が備え付けられている。

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管理事務所の向かいには、彫刻の森があった。「三人三様の像」がある。

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今、I-Podで聴いているのは小曽根真のピアノトリオだ。最近、小曽根真にはまっている。
http://www.makotoozone.com/jp/

小曽根真は、神戸出身のピアニスト。12歳の時にオスカー・ピーターソンを聴いてからジャズピアニストに目覚めたそうだ。神戸市立葺合高校を卒業し、バークリー音楽大学でジャズを学んでいる。ピーターソンのように弾けることのみを目指してピアノを練習した。小曽根真は今年46歳。CD12枚、137曲がI-Podに入っているが、力強いキータッチとリリカルなメロディがたまらない。ピアノトリオでの演奏が主体だ。ピアノとベースとドラム。絶妙なクラッシュノートと、最小単位での三人三様の息が合っているのは心地よい。

公園には「南の空への像」と「碧翔ヘキショウ像」がある。でも誰も見ていない。

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公園を抜け、勝島橋を渡ると、モノレールの大井競馬場前駅がある。なんだか馬の匂い、飼い葉の匂いがしている。競馬は知らないが、ここは1970年代のアイドル馬ハイセイコーのデビュー地であるそうだ。今日は、競馬は開催されていない。

高速の高架をくぐると、しながわ区民公園に着く。ジョギングやサイクリングをしている人がいた。ここには水辺と林間の両方がそろっている。水遊び場や芝生の公園、テニスコートなどが、園内のあちこちにある。

しながわは鯨が有名だ。
寛政10年(1798)、一頭の大きな鯨が品川沖に迷い込んできた。漁師たちが天王洲の浅瀬へ追い込み、砂浜へ乗り上げたところを捕らえた。鯨は浜御殿(浜離宮)で将軍が見たり、江戸中が見物人でにぎわったそうだ。当時は水族館が無かったので珍しかったのだろう。鯨の骨は北品川にある利田カタダ神社の鯨塚におさめられた。以前そこに行ったことがある。

http://takeone0124.at.webry.info/200606/article_1.html

園内にはクジラの噴水があり、小さな虹がかかっていた。

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しながわ区民公園の奥には、勝島の海がありその横にはしながわ水族館がある。すぐ近くは京浜急行本線の大森海岸駅だ。

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ここからJR大森駅の方に向かって歩く。途中、品川区南大井町に、小さな場所で鈴ヶ森刑場跡がある。

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鈴ヶ森刑場
江戸幕府の刑法では武士の死刑は切腹、死罪、斬罪、庶民の死刑には磔(はりつけ)、火罪、獄門、死罪、下手人があった。
刑を執行する場所を刑場と呼んでおり、これは死罪以上の刑のものを処刑し、また処刑した後を晒した。
牢屋敷の切り場、千住小塚原、品川の鈴が森が刑場として有名。牢屋敷内では斬首のみを行い、小塚原と鈴が森は磔、火焙り、獄門の場所であった。
なぜ小塚原と鈴が森が刑場に選ばれたかというと、江戸に入る東西の入口で、宿場があり、往還が激しかったから、江戸幕府の警告・威嚇主義から人目につく場所を選んだのである。

「周縁を呑み込んだ都市」河野 秀樹 文芸社より 概略

つまり江戸の西の入口であったのだ。
歌舞伎狂言で出てくる本郷の「八百屋お七」などがここで処刑された。

羽田・東京国際空港の近くには、北に近い順に京浜島、昭和島、城南島そして流通センターのある平和島と4つの島がある。
京浜島は、半径1kmほどの6ピースチーズの一片のような形をした小さな島だ。

運送業を営んでいた老夫婦が、不況で仕事が無くなり、ここで1500㎡ほどの敷地の駐車場を借り、住み込みで仕事をすることにした。
しかし、羽田の近くに位置するこの場所での民間駐車場は魑魅魍魎の世界だった。公告をうっても客は全然集まらない。悪質な業者がいたり、旅行代理店と結びついた駐車場のみが流行っている。
公告は大手旅行情報誌に月二回、月間30万の費用。旅行代理店と提携すると、顧客は誘導できるが別途キックバックが必要となる。破綻しそうになった60近い老夫婦が出合ったのが、Googleのキーワード公告。それで今は、顧客が関東一円に広がり、70%が固定客で安定した経営となったという話だ。

「Google 既存のビジネスを破壊する」佐々木俊尚 文芸春秋から 概略

公告のあり方が、広く浅く駐車場利用客を集めるのではなく、「比較的遠い関東地方に住む、格安チケットで羽田空港を利用しようとしている人たち」にダイレクトに届く公告方法であったのだ。老夫婦が慣れないキーボードに向かう姿は、なにか悲壮感がある。
でも、新しいことをするにはそれなりの努力が必要で、それに成功したのだ。

今、平和島でも暫定でなにかが始まろうとしている。それなりの力技は必要だ。

大森海岸駅近くから鈴ヶ森。刑場を離れ、品川区立大森貝塚遺跡庭園に向かう。

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http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/midokoro/kaizuka/kaizuka.html

明治10年(1877)、アメリカから来日した動物学者エドワード・モースが、横浜から新橋に向かう鉄道の車窓から大森貝塚を発見したのだそうだ。このあたりは縄文時代には海であったのだ。

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貝塚は縄文時代のタイムカプセルだ。

縄文時代は、年代でいうと今から約1万3千年前から3千年前までの約1万年間をさす、江戸から明治、大正、昭和、平成はそれにくらべればあまりに短い。

帰りは、駅のホームの真ん中に日本考古学発祥の地の碑があるJR大森駅から帰ることにしよう。

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