金沢文庫から金沢八景へ 心越禅師の望郷の念

元禄 7年(1694)頃、中国の心越禅師シンエツゼンシが、能見堂からの勝景を故国の瀟湘八景ショウショウハッケイに当てはめ、金沢八景詩を詠んだ。これが基となって金沢八景の名が成立したのだそうだ。 

今日は、夕方大阪で一緒に仕事をした人物のお宅におじゃますることとなった。その人物は横浜から二つ目の駅近くに住んでいる。午前中、ついでに金沢八景をのぞいて見よう。

金沢八景は、中国から渡ってきた心越禅師が望郷の念にかられ、中国の故郷に似た場所で八景詩を詠んだのだろう。
まずは、東京駅で横須賀線(久里浜行)に乗り換える。横浜からは、 私鉄の京急本線快特に乗り換える。横浜からは上大岡駅の次が金沢文庫だ。金沢文庫駅の近くで軽く昼食をとり、称名寺にむけて歩くこととしよう。

国指定史跡である称名寺ショウミョウジは、金沢文庫駅から北東に10分ほど歩いたところにある。道が狭く少し分かりづらかった。称名寺 は、神奈川県横浜市金沢区金沢町にある真言律宗別格本山の寺院だ。
図書館でコピーをしたガイドブックでは、反橋ソリバシが美しい写真でのっていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%B0%E5%90%8D%E5%AF%BA_(%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82)

金沢北条氏の祖である北条実時サネトキが、別邸内に造った持仏堂が草創とされているが、北条実時の子、顕時アキトキが堂塔を建立し、さらに孫の貞顕サダアキが七堂伽藍を完成させたそうだ。ただ、鎌倉幕府とともに北条金沢氏が滅び、今の諸道は江戸時代に再建されたものだそうだ。

赤門から桜並木の参道を歩くと仁王門があり、その奥に朱色の反橋がある筈だった。しかし無い。

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インターネットで調べると、橋は老朽化のため2005年に撤去されていたのだ。でも、金堂と釈迦堂は残っている。

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広場から、顕時アキトキ、貞顕サダアキの墓所を通り、観音通りの山道を登ると、八角堂見晴らし広場がある。

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ここからは、横浜・八景島シーパラダイスや海の公園、野島公園などが一望できる。汗をかいた後、爽快な風が吹いていた。

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八景とは、心越禅師が七言絶句の漢詩にして詠み、八景として金沢八景と命名したことが由来となっている。後に歌川広重が浮世絵に描いたことで広く知られるようになったのだそうだ。違う道で下山すると北条実時の墓があった。

称名寺では、 心越禅師に以下の句がある。
小泉夜雨(こずみのやう)
称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう)


称名寺の境内には、金沢文庫カネサワブンコがある。最初、金沢地区では文庫本を沢山集めて安く売っている場所があり、それが金沢文庫だと思っていたが、違っていた。金沢文庫は、鎌倉中期の武将、北条実時が建設した武家の文庫であり、日本の初期における私設図書館とも位置付けられているそうだ。250円の観覧料を払うと浮世絵の展示が行われていた。金沢の地には浮世絵がよく似合う。

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称名寺からさらに東に歩くと、海の公園芝口に出る。ビーチバレーやサーフィンをしている若者たちもいた。

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海の公園を渡りきり、野島橋で野島公園に渡る。このあたりは金沢漁港だ。釣り船の店が多く並んでいる。

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野島公園の展望台からは、八景島がよく見える。いまはシーパラダイスという名前が付いている。

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展望台の横には、野島稲荷神社がある。なぜ、神社と稲荷とが関係があるのか、よく分からなかった。けれど、次の文章に接したときなんだか解けていくような気がした。

中世の天皇王権は、大地の底からわきあがってくる白い狐の王から即位の灌頂を受け、聖天様の霊的な暴力をかりて武士の王権に対抗しようとし、蛇神と弁財天のすみかである水くまりの地、吉野にこもることで失われた神秘の霊力をとりもどそうとしたのだ。

「悪党的思考」平凡社文庫 中沢新一 黄色い狐の王より

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夕照橋や帰帆橋のあたりには、釣り船が多く係留されていた。

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心越禅師は、以下の句を残している。
http://www.city.yokohama.jp/me/kanazawa/hiroshige.html

乙舳帰帆(おっとものきはん)
洲崎晴嵐(すさきのせいらん)
瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)

瀬戸橋
平潟落雁(ひらかたのらくがん)
平潟湾
野島夕照(のじまのせきしょう)
内川暮雪(うちかわのぼせつ)


金沢八景カナザワハッケイとは、上の句のように金沢区にある八ヶ所の景勝地のことだ。以前は、風光明媚な入り江が続く景勝地であったのだろうが、都市開発で湾岸は軒並み埋め立てられ、往事の面影を偲ぶことは難しくなっている。

http://www.ne.jp/asahi/koiwa/hakkei/hakkei.html

心越禅師は、抗州西湖の出身で33才のとき長崎に来航し、のちに徳川光圀に招かれ水戸・祇園寺の開山となった人だそうだ。晩年健康をそこない、箱根塔の沢温泉で半月ほど静養したが、水戸に帰ってまもなく他界した。禅師が金沢に立寄ったのは、その往復のいずれかといわれる。禅師の望郷の念で詠んだ八景詩で一躍有名になった金沢は、次第に文人客も増え、その紀行文がますます金沢の名を広めた。さらに、広重をはじめ多くの浮世絵師の絵図によって、観光地・金沢八景の名は不動のものとなっていく。

金沢八景駅の近くにある琵琶島ビワジマ神社と瀬戸神社

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ここから、JR金沢八景駅から横浜まで戻り、横浜からJR横須賀線(逗子行)に乗る。後輩の住む街の駅はすぐ近くだ。日テレのドラマ斉藤さんの舞台になった場所だそうだ。悪いことを悪いといえない大人に切り込む。KY(空気が読めない)という言葉がはやるように、今の日本、まわりの様子をみながら行動する風潮がある。そこに切り込むのが斉藤さんだそうだ。
http://www.ntv.co.jp/saito-san/

つい最近、放映が終了したが、テレビドラマは見たことがなかった。空気が読めない私は、主人が寝てしまった後も、しばらく奥さんと話しこんでしまった。奥さんも大阪時代に知っている人だ。いづれにしても一宿一飯の御礼はまたの機会にさせていただこう。感謝。

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